歴史と伝統のある阿波踊りの家元的存在

 結成は大正14年(1925)と数ある連の中でも一番古く、その活躍ぶりと伝統の重さは現代へと受け継がれております。

阿波おどり三大主流の一つ「のんき調」という踊り方はもちろん私達、のんき連より生まれました。

 結成時より「見る者も踊る者も一つに解け合って楽しむ」というのが信条で、常に阿波おどり界をリードし天皇陛下御巡幸の際の天覧踊りを始めとし出演経験も数多く国内はもとより、世界各国を訪問し徳島の盆踊りというだけでなく、日本を代表する伝統芸能として広く世界に広めてきました。

 各地で阿波おどりが踊られる現在、正調阿波おどりの歴史と伝統を守りつつ新時代の阿波おどりへの挑戦を続けております。

阿波おどり(のんき調)の特徴

 阿波おどりの大きな特徴は振付けがないということです。手をあげて鳴り物(お囃子)に合わせて踊れば阿波おどりになります。しかし、その中でも、のんき調と呼ばれる踊り方は特に特徴のある踊りです。

 男踊りは、背筋を伸ばし、腰をおとし、つま先を立てて、大地を刻むような足運び、キレのある手さばきと二拍子のリズムの中に個人の個性を織り込んで表現するという踊りです。一方女踊りは、スローテンポを基調とし、優しく女性らしい足運び、そして優雅に舞う上半身と、しなやかにのびる指先で男性とは、全く相異なった踊りです。

阿波踊りの期限

 阿波おどりの起源は、「盆踊り起源説」「風流踊り起源説」「築城起源説」の三つが有力といわれています。

 いずれにしても400年を越える歴史が十分うかがえます。一段と盛んになったのは、蜂須賀家政が天正14年(1586)に、徳島入りをし、藍、塩などで富を蓄積したことからいわれています。

 歴代の藩主は、この盆おどり(阿波おどりの呼称は昭和に入ってから)が暴動などへつながることなどを恐れ、踊りを規制したこともありました。しかし、民衆のエネルギーは衰えることなく、この伝統的な踊りを大切に育ててきました。このことが、今日の隆盛をもたらしました。

 阿波踊りからawaodoriへ

 戦後の阿波おどりの復興ぶりは目ざましく、今では日本を代表する祭りの地位を確保いたしました。8月12日から15日の阿波踊り期間中に徳島市内の人口の約4倍の130万人を越す人を集めます。

また、国内だけではなく海外までも阿波踊りは広まり現在では世界各地に遠征するスケールを持つようになりました。

 結成80周年

 結成80周年には、内輪のデザインを一新して連員一同新たな気持ちで再スタートしました。

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